美座時中氏(1885~1962)

昭和3年「美座式保健治病術」昭和29年「美座療法とカイロー物語」を出版。

「日本無薬医療家協会」などを通じ全国的に交流、情報交換をし、日本のカイロプラクティックの創世記に貢献しました。

会ったことがある姫野修宅氏によると、背も高く体の大きな方だったそうです。

孫に当たる方が日本橋室町でカイロプラクチックという治療所をやっておられましたが、高齢のため閉院されています。

美座時中氏の無薬療法

アンドリュウ テーラー スチル博士(1828~1917)

美座時中氏が学んだ治療法、「オステオパシー」の創始者。

「全ての脊椎動物は骨格さえ正しく整っていれば、あらゆる病気は一掃出来る。」として1874年に研究を発表。

オステとは骨、パーシーは病理学、訳せば「骨柱療法」「骨病理学」 となります。

ダニエル デビット パーマー氏(1845~1913)

同様に美座時中氏が学んだ療法で、1895年に発表された「カイロプラクティック」の創始者。

その20年前に発表されたオステオパシーを規範にいているとも言われています。

「病は椎骨の不全脱臼矯正により、神経系統および脊髄神経を調整することによって治癒する。」と主張した。

カイロとはギリシャ語で手、パーシーは技術、訳せば手技療法となります。

姫野源次郎氏

美座時中氏の高弟だった姫野氏は美座氏から「自分がいないときに何かあったら、富山の姫野の所へ行けばよい。」と言われるほどの絶大な信頼を得た治療家だった。

美座式に自らの工夫も加え、大正十二年に富山でカイロプラクティック治療院を開業しています。

やってきた患者の足音を聞いただけで何処が悪いのかが解った。

すれ違いに体に触れただけで相手を動けなくする金縛りの術をかけた。

等など、氏は治療の名人として様々な逸話をもっています。エピソード

姫野修拓氏(1933~2004)

愛称じい、じっちゃん、姫野源次郎氏の後継。姫野修拓氏 1995年頃

伝承のテクニックを「ドイツ式カイロプラクティック」として公開し、その普及と後進の指導にあたりました。

ブルネイ王国、王家の主治医となり国際的な活躍をする傍ら、テレビ、ラジオにも数多く出演しました。

生島ヒロシさん、立川志の輔さんの健康番組だけでなく、「笑っていいとも」「ギルガメッシュナイト」「平成女学院」などバラエティーにも出て、私たちも手伝わされました。

「何とかって言う、砂漠の国の王子様に会ってくる。」と言い始めたときは周りの者が「ついに○○かな?」と思ったようです。

「しかし、わしも年食ったなあ、テレビに映ると頭のつやがなくなったわい。」 等と晩年はつぶやいておりました。

自分の事がネットに載っていると喜んだり、自ら練習台になったとき、スキンヘッドにヨダレをたらした生徒をしかることもあった、私の師匠は2004年8月に亡くなりました。