ドイツ式に関わる人物
美座時中氏(1885〜1962)
「美座式保健治病術」「美座療法とカイロー物語」を出版。「日本無薬医療家協会」などを通じ全国的に交流、情報交換をし、日本のカイロプラクティックの創世記に貢献しました。
アンドリュウ テーラー スチル博士
美座時中氏が学んだ治療法、オステオパシーの創始者。全ての脊椎動物は骨格さえ正しく整っていれば、あらゆる病気は一掃出来る、として1874年に研究を発表。オステとは骨、パーシーは病理学、訳せば「骨柱療法」、「骨病理学」となります。
ダニエル デビット パーマー氏
同様に、美座時中氏が学んだ療法で、1895年発表されたカイロプラクティックの創始者。「病は椎骨の不全脱臼矯正により、神経系統および脊髄神経を、調整することによって治癒する」ことを主張した。
姫野源次郎氏
美座時中氏の高弟だった姫野氏は、美座氏から「自分がいないときに、何かあったら、富山の姫野の所へ行けばよい。」と言われるほどの、絶大な信頼を得た治療家だった。氏もまた治療の名人として、さまざまなエピソードをもっています。美座式に自らの工夫も加え、大正十二年富山にて、カイロプラクティック治療院を開業しています。(別記、気とは何かもご覧ください)
姫野修拓氏
愛称じい、じっちゃん、姫野源次郎氏の後継。そのテクニックを「ドイツ式カイロプラクティック」として公開。その普及と、後進の指導にあたりました。ブルネイ王国、王家の主治医となり、国際的な活躍をする傍ら、テレビ、ラジオにも、数多く出演しました。
「何とかって言う、砂漠の国の王子様、に会ってくる。」と言い始めたとき、周りの者は「ついに○○かな?」と思ったようです。「しかし、わしも年食ったなあ。テレビに映ると、頭のつやがなくなったわい。」等と、晩年はつぶやいておりました。
自ら練習台になったとき、スキンヘッドに涎をたらした、生徒をしかることもあった、私の師匠は2004年8月に亡くなりました。
これからの治療の研究
腰痛、ぎっくり腰、坐骨神経痛、股関節脱臼、背痛、頭痛、首痛、寝違え、肩こり、四十肩、五十肩、肘痛、手首、足首のずれ、膝痛、スポーツ障害、等など痛みの元は切がありません。
今後も、身体に起こる様々な症状の、痛みをとる事への追求。カイロプラクティックに限らず、様々な整体法、手技療法について、気とは何か、についての研究。他にも、安全な食生活、ダイエット、活性酸素、健康器具などについて等。より良い治療を目指し、今後も精進努力して参ります。







